がむしゃら

日々やっていることや思ったことをつらつらと

飽きた

 

「普通」とは何だろうか?

 

ふとこんな疑問を抱いてから、「普通」について考えることが多くなった。 

 

ある共同体の中で大多数は、「普通」でいることによって、マジョリティ(多数派)へ加わっている。対して、マイノリティ(少数派)は、どこかのタイミングで「普通」でなくなった人たちのことを指す。

 

「普通」でなくなった、というところが重要で、マイノリティ自身にとってはずっと「普通」なのだ。  多数派のなかに存在する「普通」という概念によって、「普通」ではないと烙印が押された少数派が生み出されている。

厄介なところが、この「普通」という概念は規則のような形で、誰かから公表されているわけではない。 「染髪をしてはいけません」「制服を改造してはいけません」などの校則のような形で、明示されていれば大変助かるのだが、校長先生ですら「普通」が何を定義しているのか知らない。 そんなあやふやなもので、少数派が生み出され、そして多数派のなかのほとんどの人が、少数派を下に見る。軽蔑の目すら向けることもある。

「え、大学行ってないの?」「浪人してるの?」「就活しないの?」「恋人は作らないの?」「結婚しないの?」「子供は作らないの?」

これらは全て多数派が発する言葉である。

また、「普通」という概念は共同体によってガラッと内容が変わる。

 

続きはwebで。

 

🤷‍♂️